HOME » 着物業界への道5
[生年月日]
 1962年11月8日
[出身地]
 福岡県福岡市
[学歴]
 福岡大学 卒業
[趣味]
 父親業(2男2女の父)
[好きな作家]
 シドニィ・シェルダン
[経営者として影響を
 受けた人物]
 藤田田、孫正義
[座右の銘]
 人の喜ぶところに栄えあり

日本和装の挑戦 吉田重久
『日本和装の挑戦』
鶴蒔靖夫著
IN通信社発行
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<着物業界への道>No.5

 

京都市内の電話帳をNTTで入手し、呉服問屋というページで住所を調べて、取引の申し込みの手紙を出して、福岡から車で京都まで行ったこともあります。

 

 

 

京都での滞在は、1週間ほどだったと思いますが、お金もなかったので車の中で寝て、朝は公園で顔を洗って業者を回ったこともありました。

 

 

 

ほとんどの会社は、受付の女性の段階で断られ、会っていただけた会社でも、あまり話しを聞いてくれず・・・と、そんな状況でした。しかし、その会社の2社ほどは、いまでは上位のお取引先です。

 

 

 

そんな状況だったので、「おもしろい!」と言ってくれた会社のY専務(当時)の話しが嬉しくてたまらず、色々とありましたが、その専務が社長になられ、その後に相談役になり、退任後、当社の理事として入社してくれた時には、本当に心強く嬉しかったことを思い出します。

 

 

 

こうして博多織の協力を得て、工場見学を2件〜3件で実施可能になった頃、初めての会社案内を作りました。当時の会社案内です。

 

 

 

 

 

制作:現当社常務の佐藤正樹/当時広告代理店経営者

 

 

 

当時は、織物工場への交通手段がなかったので、お客様をワゴン車でご案内する方式でした。10人乗りの中古のワゴン車を買い、それでご案内していました。いま考えると恥ずかしいようなものでした。

 

 

 

この時点で、帯工場見学、問屋見学、という仕組みがようやく出来上がった時期です。この頃、年間取扱高は8,000万円位だったと記憶しています。いまの100分の1以下です。

 

 

 

















きもの専門モデルプロダクションMAINSTAGE





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