HOME » 人生の岐路
[生年月日]
 1962年11月8日
[出身地]
 福岡県福岡市
[学歴]
 福岡大学 卒業
[趣味]
 父親業(2男2女の父)
[好きな作家]
 シドニィ・シェルダン
[経営者として影響を
 受けた人物]
 藤田田、孫正義
[座右の銘]
 人の喜ぶところに栄えあり

日本和装の挑戦 吉田重久
『日本和装の挑戦』
鶴蒔靖夫著
IN通信社発行
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今回の休養中に変わったことの1つに、老眼が進んだことがあります。

 

 

小さな文字で書いてある名刺、これはイジメの1つと感じています。

 

 

 

昔は、講師の皆さんから、こんな小さな文字でハガキを印刷して。。。と言われていたのですが、逆にそう言っている自分がいます。

 

 

 

そんな年になったんだ・・・とつくづく感じています。

 

 

 

 

話は変わりますが、

 

 

twitter をご存知ですか?

 

ある読者からご紹介いただいて研究していましたが、どうにも使い方が分からずに諦めました。何か良い情報があれば、是非、お知らせください。

 

 

 

 

人生の岐路  パート 22

 

 

 

平成15年の夏から平成18年夏(株式上場準備と上場)は、なかなか進みませんので、一先ず最終章へ進めたいと思います。

 

 

 

 

人生の岐路は、私になりにたくさんありましたが、昨年の体調異変は大きな岐路だったと思います。

 

 

 

 

食道炎から始まり、11月には甲状腺疾患と、昨年は入院を3回しました。この病気をしたことが大きな岐路だったと思います。

 

 

 

 

それまでの私の仕事生活では、”疲れる”というのが全く計算に入っていませんでした。それを強制終了のようにダウンさせてくれたように思います。

 

 

 

 

今では命拾いをした気がしています。

 

 

 

 

もう大丈夫です。そして、これからリハビリに入りたいと思っています。いきなり無理をするのではなく、徐々に復帰へ向けて進みたいと考えています。

 

 

 

 

cap1090369.JPG

本日のわが家の一品 カレーうどん


このブログの私の写真を取りかえるそうです。

 

 

 

ちょっと病気して変わりましたしね・・・しかし、そのままを掲載する方が良いと思い承知しました。写真が変わってから笑ってやってくださ~い。

 

 

 

 

その感想は、ご意見のページからメールも歓迎です。<笑> J社 Hさん、いつもメールありがとうございます。返事をせずに失礼しました。

 

 

 

 

それから、メールや郵便の匿名は止めてください。匿名の場合は、警察に届け出るようにしています。

 

 

 

 

人生の岐路  パート 21

 

 

 

この辺を記載していると、なかなか前に進みません。しかし、この辺は、お聞きになりたい方も多いようですので、少し足踏みをしながら進みたいと思っています。

 

 

 

 

株式上場の準備が進むと、何か会社全体に緊張感が漂います。証券取引所のWebに上場承認が掲載されると、更に緊張感が高くなります。

 

 

 

 

その準備の過程では、会計システムから個人情報の管理のシステムに至る、すべてのシステムを入れ替えました。それに相当なお金がかかった記憶があります。

 

 

 

 

何より、以前にも記載したパソコンソフトの買い直し、これは相当な金額でした。つまり、一枚あればOKという法律をなめたような考え方がありましたので、PC一台に1ライセンスという当たり前にするだけで相当な費用でした。

 

 

 

それだけ”法令順守”を徹底したように思います。

 

 

 

 

次に労務規定です。法律に照らし合わせると、とんでもないことになっていました。不思議というか、そんな時に良いタイミングで労働基準監督署が来社され、すべての検査を受けて是正勧告を頂いたことも忘れられない出来事でした。

 

 

 

 

 

人生の岐路、もう少し続きますが、どうか皆さん我慢してください。次のシリーズは何にしようか?この辺もご意見を頂けると、ありがたいです。


「激録!救命救急24時」 という番組を見ました。その番組の小児科救命救急の場面を見て胸が熱くなりました。

 

 

 

その他、脳内動脈瘤の手術を成功した医師と家族の会話で、医師の ”この瞬間が医者をやっていて良かったと思う” というコメント、どれも素晴らしいと思いました。

 

 

 

以前にも記載しましたが、医師や医療機関の格付け(ステイタス)を設けるべきだと思います。

 

 

 

命に直接関わる治療を行う医師や医療機関ほど各上のステイタス=高い診療報酬 にしないと、彼らは浮かばれないと思います。

 

 

 

 

政治家がもっとリーダーシップを発揮して取り組むべきです。

 

 

 

しかし、最近の前原大臣の発言を聞いていると、今後も期待出来ない気がしています。<悲>

 

 

 

 

人生の岐路  パート 20

 

 

株式上場準備、これを綴ると色んなことを思い出します。 ビジネスの中でも大きな岐路だったと思います。

 

 

 

私は、実家が小さな事業をやっていましたので、幼いころから ”領収証ください” という言葉には慣れていました。これは、経費処理に必要だということです。こんな感覚もあって、会社と個人を別けるのが大変でした。

 

 

 

 

 

そこで、まず車を個人名義に変えることから始めたように記憶しています。私が生きていることのすべてが経費と考えていた時代もありましたので、簡単なようで難しいことでした。

 

 

 

 

 

バカバカしいことですが、これはどっちだろう?と独り言を言って勘定をする場面もたくさんありました。

 

 

 

 

 

こんな風だから、この株式上場には数年を要す=数年の様子を見る ことになっているのだと思い知りました。

 

 

 

パブリックカンパニーになるということは、他人様のお金を預かる、それを預かれる体質にするという意味です。そう簡単なものではありませんでした。

 

 

 

法令順守、金銭管理、支出&収入予算の管理、当たり前のことを、より一層強化する仕組み作りを考えた時期でした。

 

 

 

 

平成15年の夏に株式上場へ向けて舵をきり、平成18年夏までの約3年間は、この株式上場のことで必死でした。

 

 

 

 

この3年間で失った大切な幹部社員もいます。噂には聞いていましたが、株式上場準備は、心身の限界に達するようなものだと思います。


好きな街の1つに 麻布十番 があります。この街の夜と昼を見たいと出掛けてみました。

 

 

 

駅から商店街へ入り、徒歩7分ほどで六本木です。特に、この麻布十番2丁目は好きな街の1つです。

 

 

 

 

以前にも記載した、神戸三宮も良い街です。

 

 

 

aza1p1090345.JPG

 

 

azap1090347.JPG

まだ正月&日曜日で人通りは少ないです。1月3日撮影

 

 

 

 

人生の岐路 パート 19

 

 

 

パート19は、上場準備から始めさせて頂きます。

 

 

 

 

まず、上場準備をし始めるとが、こんなに大変なことなのか・・・感じたのが本音でした。

 

 

 

 

始めから上場を意識しながら会社経営をやっていませんでしたので、すべて1からの準備でした。

 

 

 

 

この話題だと長くなりますので、いくつかに区切ってお知らせしたいと思います。

 

 

 

 

まず始めは、社内体制の確立からでしたので、今からお考えの方は、この辺から始められることをお薦めします。

 

 

 

私の場合、その次はパソコンソフトのライセンスの確認でした。<笑>

 

 

 

つまり、それまで適当だったので、そのライセンス違反がないか?コンプライアンス重視の姿勢に変わったことからでした。

 

 

証券会社を決める、監査法人を決める、こんなことは最終段階だったように思います。

 

 

 

tokyop1090326.JPG

東京湾から見た風景 2010年1月2日撮影


たくさん年賀状を頂きました。ありがとうございました。

 

 

 

わが家からの年賀状は、投函するのが遅れたので、あすには届くと思います。

 

 

 

 

やはり、年賀状は良いです。その人の近況がよく分かります。元気にしているのかな・・・と思っていたところに、年賀状をもらうと安心します。

 

 

 

 

特に退職した社員、休職している社員たちからもたくさんもらい、とても嬉しく思っています。

 

 

 

 

 

人生の岐路  パート 18

 

 

 

各地へ進出していた時は、ほとんど家にいませんでした。具体的には、1年の 2/3 ほどは出張していたという感じでした。たまに帰ると熱が出るという調子でした。疲れた時に帰るという感じだったと思います。

 

 

 

 

その当時、33歳頃から40歳頃までの7年間は、何も考えずに 前へ、前へ と進めた時期でした。

 

 

 

 

同時に、私の人生の中で一番裕福だった時期だと思います。そんな時期だったから、以前に記したように国税局の洗礼を受けたのだとも思います。

 

 

 

 

 

事業を立ち上げた頃に儲かり、そして図に乗り、調子に乗り、その後に自分なりに痛い目にあって長い借金地獄の時期を過ごし、この裕福な時期を経験して株式上場を決意しました。それが40歳の夏でした。

 

 

 

 

事業の仕組みを世の中の人に認めてもらいたい、パブリックカンパニーにしたい、税金を逃れる程度のことではダメだ、こう考えて上場へ向けて舵をきりました。

 

 

 

 

その株式上場を決意して、数週間後に自宅の建て替えを検討し始めました。こんな大変な時期にどうして?という意見もありましたが、私には拘りがありました。

 

 

 

 

 

それは、上場した利益で家を買ったと言われたくなかったのです。だから、自宅を先に建てながら上場準備と並行しました。

 

 

 

 

 

そこで、大ハプニングが起こりました。

 

 

 

 

設計も終わり見積りも出て契約へと進み無事に契約が終わった翌日です。その建築会社が倒産したのです。

 

 

 

 

設計士の先生は、”すみません、建築会社は上場もしているし、よく考えて決めたんだが・・・” と慌てて電話をくれましたが、私は何か落ち着いていました。

 

 

 

 

約30%の着手金を支払う前ということもあったのですが、何か落ち着いていました。ピンチとチャンスは背中合わせだと考えていたからです。

 

 

 

 

協議の末、結局その会社にお願いすることになり、さまざまな条件もよく完成しました。情報が入るのが数時間遅かったら、私は最悪の状態を考えざるをえませんでしたが、その数時間のおかげでチャンスだと思ったのです。

 

 

 

 

株式上場へ向けたこと、これも大きな岐路だったと思います。

 

 

 

 

次回は、上場準備に入り上場までを綴りたいと思います。


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